昭和六十四年一月七日のことはあまり覚えていませんが、翌一月八日の景色を覚えています。
当時、笹塚駅から徒歩圏内の消防学校脇の4畳半風呂なしトイレ共用の部屋で暮らしていた私は、大学最後、4年生でした。
前年まで、野球を見に行ったり、海に行っていた友人たちは、みな内定をもらって、数ヵ月後に迫った社会人デビューに不安や希望を抱いていたのだと思います。
これに反して、当時の私は一切就職活動をすることなく、バイトをしていた映像制作のロケで前年にサイパンに行った名残で、一人真っ黒に日焼けした顔で、小さな木枠の窓越しに空を見上げていました。

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